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ファンなら知っておきべき。東京事変解散の本当の理由。

   

読書

椎名林檎を中心に結成された東京事変は、2003年に活動を始めてから2012年にたくさんの惜しまれる声の中で解散しました。日本のロックシーンを盛り上げた東京事変の9年間を振り返ります。

 

東京事変のはじまり、きっかけ

東京事変の始まりは、椎名林檎が開催した「雙六エクスタシー」というライブツアーがきっかけでした。音楽活動をするにあたってなかなか前向きになれなかった椎名林檎が、ツアーで一緒に活動していく中でメンバーとの信頼関係を築き、新たにバンドとしてデビューすることを決めました。

 

2005年にメンバーのH是都Mと晝海幹音が自身の活動との両立が難しくなり脱退しましたが、この1年間のことを東京事変1期と呼ばれています。脱退にショックを受けた椎名林檎でしたが、次に浮雲と伊達一葉が加入し、東京事変2期としてリスタートを切りました。

 

ほんとに仲がよかった!

SNS

解散するときに、メンバーは口々に「本当にかっこいい音楽をやった」「本当に仲の良いバンドだった」「大人が集まってこんなに仲が良いことは珍しい」と口々にお互いの関係の良さを語っています。

 

ライブ映像などを見ると、とても良い雰囲気を感じ取ることが出来ます。

 

幕ノ内サディスティック

 

全く色の違うバンドに

バンドが掲げているシンボルマークを折り鶴から孔雀に変更したことや、音楽性やコンセプトがまるで変わったことから、違うバンドと言っても過言ではないほどにバンドが変化しました。

 

このことから、椎名林檎が主になっているバンドではなく、メンバー全員の手で作られているバンドということが浮き彫りになりました。

 

突然の解散、武道館ライブ

後ろ姿

楽曲レベルの高さや歌の良さなどから、たくさんの音楽ファンがいましたが、2012年の1月に唐突に解散が発表され、人気の絶頂の中での解散にファンの間では驚きと悲しみが広がりました。

 

解散ライブには東京事変の始まりであった日本武道館が選ばれ、始まりと終わりを日本武道館で行うという、いかにも東京事変らしい思想に包まれました。

 

解散の理由は?

泣く赤ちゃん

理由として可能性があるのは

■そもそも永続的に続ける気はなかった

■バンド以外の違う音楽をしたくなった。

■メンバーの事務所とのトラブル

■林檎さんの性格的にずっと同じ所にいるのはむりじゃない?

 

ということだそうです。いずれにせよ公式な発表はされていないので、推測の域は出ませんが、このような情報がありました。

 

解散する最後までおもしろかった

解散時にはメンバーそれぞれのユニークな名言が残されましたが、大きな理由の一つとして「私たちの役割は果たした」と日本の音楽シーンに対してやることはやりきったという意味合いの言葉を出しました。そして彼らみんな、ある意味すっきりした気持をそれぞれの言葉で語りました。

 

椎名林檎はソロとしてもちろん活躍を続けますが、その他のメンバーも多彩な顔ぶれが揃っています。5人のこれからの音楽活動からも目が離せません。

能動的三分間


 - 東京事変, 椎名林檎